大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所八王子支部 昭和32年(ワ)454号 判決 1960年6月20日

原告 国

訴訟代理人 横山茂晴 外二名

被告 フタバ産業株式会社

主文

被告は原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明渡し、かつ金二、九五〇円及びこれに対する昭和三二年五月三一日以降支払済みに至るまで日歩金四銭の割合による金員並びに昭和三二年四月一二日以降右土地明渡し済みに至るまで一ケ年金四八、〇一一円の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は、原告において金三〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の申立

原告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決及び仮執行の宣言を求めた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二、原告の主張事実

一、別紙第一物件目録記載の土地は原告の所有に属するものであるが、原告は昭和三一年四月一日右地上にあつた原告所有の建坪一九五坪の建物を、次の条件で被告に賃貸することを約した。すなわち、賃貸期間は昭和三一年四月一日より二年間、貸付料は金一九五、八〇〇円(二年分)とし、支払方法は原告の発行する納入告知書により第一回分(昭和三一年四月一日より一年間分)金九七、九〇〇円は指定期限内に、第二回分(昭和三二年四月一日より一年間分)金九七、九〇〇円は昭和三二年五月三〇日までに納入するものとし、右の各期限内に貸付料を納入しないときは日歩金四銭の延滞料を支払うこと、貸付目的は配電盤、ラジオ部品、工具製造工場として使用することとし、賃借権を譲渡し、もしくは転貸しないことなどを約した。

二、しかるに、被告は約束に反し、右建物を他人に転貸していたが、昭和三二年四月一一日火災により右建物は焼失し、結局原告と被告会社との右賃貸借契約は目的物の滅失により終了した。

三、ところが、その後被告はなんら権原がないのに右地上に別紙第二物件目録記載の建物を建築所有し、右土地を占有している。

四、そして、被告は昭和三二年四月一日より契約終了日たる同月一一日までの貸付料金二、九五〇円(約定貸付料を日割計算した額)を約定の同年五月三〇日までに原告に支払わないので、右金額及びこれに対する納期の翌日たる同月三一日より完済に至るまでの日歩金四銭の割合による延滞料並びに昭和三二年四月一二日以降右土地明渡し済みに至るまで一ケ年金四八、〇一一円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務がある。よつて、原告は被告に対し、請求の趣旨のとおりの判決を求める。

第二、被告の答弁並びに主張

一、請求原因中第一項は認める、但し賃貸借契約の始期は昭和二五年四月一日であるし、建物とともに土地もあわせて賃借したものである。第二項は被告が原告主張の建物を他人に転貸したとの事実は否認する、被告の賃借中に右建物が火災により焼失したことは認めるが、賃貸借終了の主張は争う。第三項は被告が現に別紙第一物件目録記載の土地の上に別紙第二物件目録記載の建物を建築所有し、右土地を占有していることは認めるが、なんらの権原もなく占有するものであるとの主張事実は争う。被告は原告より建物を賃借した際、右土地もあわせて賃借したものであつて、被告はその賃借権に基ずいて右土地を占有するものである。

二、被告が本件土地を賃借するに至つた経緯は次のとおりである。被告会社はもとタカラ工業ミシン株式会社(昭和二四年五月二六日設立)と称していたが、昭和二八年四月二一日商号を東洋精機株式会社と変更し、更に昭和二九年一二月二三日商号を現在のフタバ産業株式会社と変更したものであるが、昭和二五年四月一日(タカラ工業ミシン株式会社当時)別紙第一物件目録記載の宅地二、三〇九坪五合二勺のうち一、四七〇坪一五と同地上木造平家建五棟、延四二一坪の建物につき、原告に対し普通財産貸付申請をなし、同年一二月右申請のとおり使用許可せられ、賃貸借期間は昭和二五年四月一日より昭和二六年三月三一日までの一年間と定められた。その後契約を更新して引続き賃借してきたが、その間原告の申入れにより右土地、建物の一部を返還し、賃借土地を四八〇坪一合一勺、賃借建物を一九五坪に縮少し、昭和三一年四月一日以降は右土地、建物を原告主張のような約で賃借してきたものである。

三、被告は右のように原告より賃借した土地、建物を最初は主としてミシン製造工業のための機械設備をなすに使用し、フタバ産業株式会社と商号を変更してからは配電盤、ラジオ部品、工具製造工場としてこれを使用してきたところ、たまたま失火により賃借建物が滅失したから、早速原告に対しその損害を賠償した上、賃借にかかる別紙第一物件目録記載の土地の上に別紙第二物件目録記載の建物を建築したものであつて、もともと建物所有の目的で賃借した土地の上に建築したのであるから、不法占有ではない。

第三、被告の主張に対する原告の答弁

一、被告は本件土地を建物とは別に原告から賃借した旨主張するが、それは誤つている。すなわち、

(一)  本件地上の建物は昭和二五年一二月被告会社(当時の商号タカラ工業ミシン株式会社)に対し、貸付けられたものであるが、当時の大蔵省所管の普通財産貸付手続は次のようになつていた。まず、貸付を希望するものから、目的物件を表示し、かつその使用目的を明示して貸付を申請し、所管財務局において相当と認めれば、一時使用認可書を申請者に交付することになつていた。そして、大蔵省における取扱いとしては申請者において専ら建物の使用のみを希望する場合であつても、後に述べるような事務処理上の理由から貸付申請にあたつては貸付目的物件として当該建物のほか、その敷地及び建物周辺の土地で建物の使用に伴いあわせて使用さるべきその敷地も表示させることとしており、貸付料も建物に対するものとその敷地に対するものとを別個に算定して徴収する取扱となつていた。大蔵省においてこのような手続を採つていたのは貸付の目的となる建物の敷地の範囲を明確にするためと、使用料の算定の便宜とからである。元来建物の賃貸借における賃料は、建物の使用価値に応じて定めるべきものであることはいうまでもないが、建物の使用価値は建物自体の構造程度のみならず、その敷地の位置、形状、広狭等によつても左右されるものであつて、一般の例としては建物の賃料は建物自体に相応するものとその敷地に相応するものとに区分して算定するようなことはせず、建物の賃料として定められるのが通例であるが、そのような場合でも建物の賃料の決定はその敷地に関する事情も織り込まれているのである。ところで、大蔵省においては、事務の処理を確実に合理的にする目的で、建物のみの使用を許す場合でも、建物自体の構造、程度のみによつてその価値を算定し、これに一定倍率を乗じて算出した金額と、その敷地の価額を基礎とし、これに一定倍率を乗じて算出した金額をあわせて徴収することとしており、そのため貸付申請及び使用の認可にあたつて貸付の目的物件として建物と敷地の双方を表示する取扱いとしていた。

(二)  本件土地はもと旧陸軍国分寺技術研究所の敷地の一部であるが同研究所の施設は終戦後普通財産として大蔵省に移管され、関東財務局においてその管理に当つてきたものである。そして、昭和二五年一一月八日同年四月一日付で被告会社(当時の商号はタカラ工業ミシン株式会社)から関東財務局立川出張所に対し同研究所の建物のうち五棟の建物(建坪合計四二一坪)を工業用ミシンの製造のため使用したいとの理由で、右建物及びその敷地一、四七〇坪一五について使用料は財務局の指定のとおりで貸付を受けたい旨の申請をし、同出張所では翌二六年二月三日付で使用期間を昭和二五年四月一日より昭和二六年三月三一日までとし、その間の使用料は土地二、四九七円、建物一四、一三八円と定めて右申請を認可した。その後賃貸借契約の更新並びに使用料の改定が行われ、その間賃貸借の目的物件及び建物の使用目的に変更があつて、昭和三二年三月二八日付で賃貸物件は建物一九五坪、その敷地四八〇坪一一(本件土地)とする前記の如き賃貸借契約(原告の主張事実第一項記載)が締結されたものである。

(三)  右により明らかなように、本件土地はその地上の建物を被告会社に賃貸するにあたり、その敷地として使用することを認められたに過ぎない。本件土地が建物所有の目的で賃貸されたものでないことはもとより、賃貸建物の敷地としての使用以外の目的で賃貸されたものでないことは、当初の貸付申請にあたつて、申請理由書に建物の使用のみが記載されており、±地自体の使用については何も触れていないことや、使用目的の記載自体に照らして明白である。

そして、建物の賃借に伴うその敷地の使用に関する法律関係については、敷地の使用権は建物自体の使用権に含まれているものと解すべきであつて、建物の賃貸借と離れて、別の法律関係が存在すると考うべきものではない。よつて、被告会社の本件土地に対する使用権は、地上建物の賃貸借が、目的たる建物の焼失によつて消滅するとともに、当然消滅したものと解すべきである。

二、仮に、建物の賃貸借とともに、その敷地たる本件土地についても賃貸借契約が成立しているとしても、それはあくまでも、建物の賃貸借に付随するものであり、建物賃貸借と運命を共にすべきものであつて、建物の賃貸借契約が消滅すれば当然右敷地使用に関する契約はその目的を失い、失効すべきことは明白である。

第四、証拠<省略>

理由

別紙第一物件目録記載の土地四八〇坪一合一勺が原告国の所有に属するところ、原告は右土地を含む同所同番の土地一、四七〇坪一五の地上に存した原告所有の五棟の建物、建坪合計四二一坪を被告会社(商号は当初はタカラ工業ミシン株式会社であつたが、その後東洋精機株式会社、フタバ産業株式会社と順次商号を変更した)に対し、昭和二五年四月一日以降賃貸期間一年の約で賃貸し、以来期間満了の都度契約を更新してきたものであるが、その間建物の使用目的の変更、賃料の改訂、賃借目的物件の縮少等がなされて、昭和三一年四月一日以降は別紙第一物件目録記載の四八〇坪一合一勺の土地の上に存した建物一九五坪の建物につき原告主張のような内容の賃貸借契約が結ばれていたものであること、右建物は被告会社の失火により昭和三二年四月一日焼失したこと、右火災の後被告会社は右四八〇坪一合一勺の地上に別紙第二物件目録記載の建物を建築所有し、現に右土地を占有していることはいずれも当事者間に争がない。

被告は、右建物の賃貸借契約締結と同時に、その敷地である土地についても別に建物所有を目的とする賃貸借契約が締結せられたのであるから、建物が焼失したからといつて、被告は当然には本件土地の使用権を失わない旨抗争するので判断するに、成立に争のない甲第三号証(昭和三二年三月二八日付国有財産貸借契約書、甲第四号証の一(普通財産貸付申請)、甲第四号証の一(昭和二五年四月一日付普通財産貸付申請)、甲第六号証の二(普通財産一時使用認可書の使用条件)、乙第五号証(普通財産貸付証明書)の各記載によれば、いずれも貸付物件の表示欄に土地と建物を併記し各坪数を明示してあるから、一見被告の主張するように土地と建物について各別の賃貸借契約が締結されたかの如く見えるけれども、貸付の目的または使用目的欄の記載を見ると、甲第三号証には、配電盤、ラジオ部品、工具製造工場、甲第四号証の一には配電盤、ラジオ部品、各種工具製造工場及営業事務所、甲第五号証の一には工業用ミシン製造並に販売、甲第六号証の二には特殊ミシン製造工場並に事務所用、乙第五号証には製造工場並事務所と記載されているだけであつて、いずれも建物と離れた土地のみについての貸付または使用目的と目されるような記載はないし、甲第三号証、第六号証の二の貸付料または使用料欄の記載も、土地と建物の使用料を分けずに一括したものが記載してあるから、これらの文書を各全体として見れば、本件は建物及びその敷地に関する一個の賃貸借であつて、建物と土地とにつきそれぞれ別個の賃貸借契約を締結したものと認めることはできない。右の各証拠に証人山口義光の証言を綜合すれば、国がその所有建物を貸付ける場合には建物の敷地は家賃算出の基礎となるものであるから、計算の便宜上、建物の貸付申請書や使用認可書には、建物の坪数と併せて敷地の坪数も明記することとしており、右各書証に土地を表示してあるのもそのような趣旨で記載されたに過ぎないこと、本件は地上建物を被告に賃貸するに当り、前記土地四八〇坪一合一勺(当初は一、四七〇坪一五)を賃貸建物の敷地として使用せしめることを約したものであつて、賃貸建物の敷地以外の目的に使用することを許容したものでないこと、使用料は当初の一年間は金九七、九〇〇円であり、昭和三一年四月一日以降昭和三三年三月三一日までの二年間は合計金一九五、八〇〇円(一ケ年につき金九七、九〇〇円の割合)であつたことなどの事実が認められる。もつとも、成立に争のない乙第三、第四号証によれば、原告は昭和三一年度の本件物件の使用料につき、土地と建物を分けて、土地については一ケ年金一九、一二三円、建物については一ケ年金七八、七七七円(合計金九七、九〇〇円)を徴収し、領収証も別々に発行したことが認められるが、証人山口義光の証言によれば、右のような取扱いをしたのは、建物の使用料を合理的に算出するため、建物と敷地の使用料を別々に算定したので、そのまま分けて徴収したに過ぎないことが認められるから、右の証拠も前記認定を動かすに足りないし、他に右認定を左右するに足る証拠はない。これを要するに、右の賃貸借契約は、建物を賃貸するに際し、これに付随してその敷地の使用を許容した、建物に関する一つの賃貸借契約であつて、被告の主張するように、土地、建物に関する二つの賃貸借契約を同時に締結したものではないといわなければならない。

そうすれば、昭和三二年四月一一日右賃貸建物が焼失したことによつて、本件賃貸借契約は消滅したものというの外はないから、被告はその後に右地上に建築した別紙第二目録記載の建物を収去して右土地を原告に明渡す義務がある。

被告が昭和三三年四月一日より同月一一日までの賃料金二、九五〇円を未だ支払つていないこと、原告が本件土地を使用し得ないことによる損害額が一ケ年につき金四八、〇一一円であることはいずれも被告が明らかに争わないから自白したものとみなすべきである。そうすれば、被告は右延滞賃料金二、九五〇円及びこれに対する納期の翌日である昭和三二年五月三一日以降支払済みに至るまで約定の日歩金四銭の割合による金員並びに本件賃貸借契約消滅の日の翌日である昭和三二年四月一二日以降前記土地明渡し済みに至るまで一ケ年につき金四八、〇一一円の割合による損害金を支払う義務がある。

よつて、原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎宏八)

第二物件目録<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例